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東京地方裁判所 昭和41年(ワ)12706号 判決 1968年2月29日

原告

大出四郎

被告

株式会社ヒサシコントラクター

ほか二名

主文

被告らは各自原告に対し、金七三七、〇〇〇円およびうち金六五二、〇〇〇円に対する昭和四二年一月二五日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金銭を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを八分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

この判決は第一項に限り、仮りに執行することができる。

事実

第一、当事者の求める裁判

原告―「被告らは各自原告に対し、金九二六、四〇〇円およびうち金七七二、〇〇〇円に対する昭和四二年一月二五日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金銭を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決および仮執行の宣言

被告ら―「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第二、原告の請求原因

一、交通事故の発生と原告の受傷

昭和三九年九月三〇日午後七時四五分頃、東京都台東区東上野三丁目一九番地附近の道路上において、被告久義雄(以下被告義雄という。)が普通乗用車(登録番号五は九三八四号以下被告車という。)を運転走行中、偶々同所を通行中の原告に自車前部を衝突させ、よつて原告に対し加療八か月間を要する左下腿複雑骨折の傷害を負わせた。

二、事故の原因(被告義雄の過失)と被告らの地位

(1)  右事故の原因は、被告義雄が被告車の運転をあやまり、これを原告に衝突させたものであるから、同被告は原告の蒙つた後記損害につき、民法七〇九条による賠償責任がある。

(2)  被告株式会社ヒサシコントラクター(以下被告会社という。)は、被告車を所有し、これをその被用者である被告義雄に運転させていたものであるから、原告の蒙つた損害につき自動車損害賠償保障法三条による運行供用者責任を負担しなければならない。

(3)  被告会社は建築設計、工事監理、建築工事請負の業を営むもので、被告久正次(以下被告正次という。)は、その代表取締役であるが、被告会社の経営規模は比較的小さく、従業員も少人数の近親者であるため、被告正次が直接従業員を雇い入れ、これを被告会社に代つて指揮監督し、自から事業の全般を統括している実情であつて、被告会社の経営の実態は、同被告のいわゆる個人経営の観を呈しているものである。

かようにして被告正次は、被告義雄が過去七回にわたつて交通違反を犯し、このため運転免許停止処分を四回にわたつてうけ、なお人身および物件事故各一回の交通事故を惹起した自動車運転適性に欠ける者であるのに、自己の甥にあたる関係もあつて、自己の一存で被告会社に雇用し、自動車運転業務に従事させていたところ、被告義雄は被告会社の業務執行として被告車を運転中本件交通事故を惹起したものであるから、被告正次は原告の蒙つた後記損害につき、民法七一五条による監督者責任を負わねばならない。

三、損害

(1)  傷害の程度

原告は右傷害のため、事故当日から昭和三九年一一月一三日まで訴外永寿病院に入院し、同月一七日から昭和四〇年二月末日まで自宅において、訴外千葉接骨院医師の往診をうけ、同年三月一日から同年五月三〇日まで同院に通院して各加療した。

(2)  通院交通費 金七、〇〇〇円

(3)  裁断師に支払つた賃金 金一一五、〇〇〇円

(4)  慰藉料 金六五〇、〇〇〇円

原告は洋服縫製業を営む者であるが、その業態は、専ら原告自身と顧客との間の個人的信頼関係を基礎として縫製の注文をうけ、自からの技術で裁断し、縫製納品するものであるところ、本件事故による受傷のため、事故当日から昭和四〇年二月末日までの五か月間は、全く就業不能に陥り、同年三月一日から同年五月三〇日までの約三か月間については、その稼働能力が半減したものである。

昭和三九年九月頃は、年末を控え、原告の業績が上昇し始めていたところ、本件事故による原告の就業不能のため、同年一〇月については約三〇万円に達する赤字を計上したほどの極端な営業不振に陥つた。やむなく原告は知人の裁断師を雇用して年末需要の窮状を脱したものの、顧客の信用を失つたばかりか、年間最多売上期に、減収の結果を免れなかつた。

(5)  弁護士費用 金一五四、四〇〇円

原告は被告会社に対し、本件事故による損害の補償につき円満な解決を図るべく交渉を試みたが、被告会社は損害賠償責任を資力の乏しい被告義雄にのみ帰して誠意ある態度を示そうとしなかつたので、原告は昭和四一年一二月一七日訴外弁護士関原勇同鶴見祐策の両名に本訴の提起方を委任し、着手金および報酬として本訴請求金額の各約一割にあたる金七七、二〇〇円を支払うことを約し(後者の支払期は第一審判決言渡日)たので、合計金一五四、四〇〇円の債務を右弁護士らに負担した。これもまた本件交通事故により原告の蒙つた損害である。

以上により原告は被告ら各自に対し、右(2)ないし(5)の合計金九二六、四〇〇円およびうち(5)の弁護士費用を除く合計金七七二、〇〇〇円に対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四二年一月二五日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三、請求原因事実に対する被告らの答弁

原告主張の請求原因事実中、被告会社が建築設計、工事監理、建築工事請負の業を営む者であること、被告正次が被告会社の代表取締役であつて、同会社に代つて事業を監督する者であること、被告義雄は被告正次の甥であつて、被告会社の被用者であること、原告が洋服縫製業を営む者であることは認めるが、その余は不知。本件交通事故は被告義雄がその姉の引越しのため、勤務時間外に被告車を被告会社から借りうけ運転中に発生したものである。

第四、被告らの抗弁

一、(過失相殺)

本件事故直前、原告は得意先に納入する製品を自転車に積載して走行していたものであるところ、折柄雨が降り始めたので、積荷が濡れることを案じ、これに注意力を集中し過ぎ、他の交通状況に対する配意を欠き、また降雨が目に入るのを避けるため、下向きになつて運転し、進路前方に対する安全確認が不十分な状態で、自動車については一方通行の規制のある道路を逆進し、信号機の設置されていない交差点に進入しようとしたのであるから、本件事故の発生については、原告にも過失がある。

二、(損害の拡大につき因果関係の中断=第三者の行為の介入)

原告の傷害の程度は、事故当時加療約三か月を要するものにすぎなかつたところ、訴外永寿病院において骨折部のつぎ方をあやまる等診療上の過誤があつたため、通算約八か月間の加療を要することになつたものであつて、損害の拡大された点については、被告らには賠償責任がない。

第五、立証〔略〕

理由

第一、〔証拠略〕を総合すると次のとおり認められる。

1. 本件事故現場は東京都台東区車坂町一九番地先の信号機の設置されていない交差点であつて、浅草通り方面から御徒町三丁目方向に北南に通ずる幅約六メートルの道路(以下北南路という。)と、美倉橋通り方面から昭和通り方面に東西に走る幅約八メートルの道路(以下東西路という。)が、ほぼ直角に交差するアスフアルト舗装の交差点である。北南路は南進することのみが許され、東西路は西進のみが許されており、ともに一方通行の交通規制(自転車を除く)がなされているが、北南路については、さらに左折禁止および一時停止の規制が施され、交差点の東北隅から北方に約〇・八メートル入つた道路左側に、その旨の道路標識が設けられている。また交差点の西北隅には、たばこ・雑貨店があり、同店の東面と南面とはほぼ直角をなしているところから、北南路を南進する交通者と東西路を東進する交通者とにとつて、互に見とおしが悪い状況にある。

2. 昭和三九年九月三〇日午後七時四五分頃、雨の中を被告義雄が被告車を運転し、浅草通り方面から北南路を時速約三〇キロメートルで南進中、本件交差点手前の道路左側に折柄駐車中の車両があつたため、進路を道路中央からやや右寄りに変え、やや減速しただけで斜左前方美倉橋通りから進来するべき車両の有無に専ら注意力を集中し斜右前方の交通状況に対する注意を全くしないで進行中、該交差点に進入直前に至つて斜右前方をみた際、自転車に搭乗し、東西路の左側部分を東進し交差点に進入しようとする原告を数メートルの間に発見し、あわてて急制動の措置をとつたが、及ばず自車前部バンバーを原告の左足に激突させ、自転車もろともその場に転倒させ、左下腿複雑骨折の傷害を与えた。

当時被告会社の所在地は該交差点に近く、被告義雄は本件事故前に、しばしばこの交差点を通行し、本件交差点が信号機の設置されていなくて見とおしの悪いことおよび前記各交通規制がなされていることを知悉していたものであるが、敢て一時停止をせず、かつ右方に対する完全を確認せず、僅かに減速しただけで交差点に進入しようとしたものである。

右各事実によれば本件交通事故につき被告義雄に過失があることは明らかである。すなわち、同被告が被告車を運転して本件事故現場附近にさしかかつた際進路前方左側に駐車中の車両があり、自車の進路を右に変えざるを得なかつたものであるが、元来見とおしの悪い斜右前方についてはさらに見とおしが悪くなるばかりか、自車の進行する道路には一時停止の規制がなされているのであるから、まず一時停止のうえ進路左右の交通の安全を十分確認し、かつ折柄の降雨のため交通者の視界は相互に制限されざるを得ず、一方万一の場合湿潤した路面では車両の制動能力が減殺されることを想起し、充分減速して、徐行すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、本件事故を惹起したものである。

第二、被告らの地位

一、前掲証拠を総合すれば、被告会社は被告車を所有していたこと、本件事故当時これを運転していた被告義雄は、その被用者であることが認められる。この事実によれば、被告会社は原告の蒙つた後記損害につき、自動車損害賠償保障法三条所定の運行供用者として、これが賠償の責に任じなければならない。

二、被告会社が建築設計、工事監督、建築工事請負の業を営むもので、被告正次がその代表取締役であることは当事者間に争がなく、この事実に〔証拠略〕を総合すると、本件事故当時の被告会社の経営規模は小さく、その従業員は五、六名であつて、被告車のほか車両一台を保有する程度であり、実態は被告正次の個人経営に類し、同被告が被告義雄を含む全従業員を直接に指揮監督する状況にあつたところ、特に被告義雄に対しては同人の父訴外善太郎と弟の間柄にあつたため、職務上も特別の監督をなす立場にあり、現に本件事故前、被告義雄の申出により、被告車を運転することに直接許諾を与えたものである。

他方被告義雄は、当時浅草寿町に住む実姉の転居を手伝うため、被告車を使用し、同女の手荷物を当時自己が住込み稼働中の被告会社まで運搬するため、前記善太郎を同乗させて運転するうち、本件事故を惹起したものであるから、この運転行為を客観的に観察すれば、被告会社の事業の執行と解するに妨げない。

そうすると被告正次は、被告会社の被用者である被告義雄が、その業務執行につき原告に与えた後記損害に対して、被告会社に代つてこれを監督する者として賠償責任を負担する筋合である。

第三、損害

原告が洋服縫製業を営む者であることは当事者間に争がなく、〔証拠略〕を総合すると次の事実が認められる。

(1)  本件事故により左下腿複雑骨折の傷害をうけた原告は、事故現場から救急車で稲荷町所在の訴外永寿病院に収容され、昭和三九年一一月一三日まで入院加療し、その頃退院したが、引き続き加療を要したところ、歩行不能のため、田端所在の千葉接骨院にかかつて同月一七日から昭和四〇年二月末までは自宅において往診治療をうけ、同年三月一日から五月末頃までは通院(三月中は隔日通院回数合計三五回位)加療を続けた結果、一応治癒したものの、昭和四二年三月頃に至つてもなお寒冷時には左足にやや痛みを覚え、局所がむくむ程度の後遺障害を残していること。右通院に際し、一往復金二〇〇円のタクシーを利用し、合計金七、〇〇〇円の交通費を支出したこと。

(2)  原告は大正三年生まれの男子で、一五才時から洋服縫製業を始め、昭和二五年頃から現住所で、既製服といわゆるイージーオーダー(下請)との斯業を営み、盛期には職人一五、六名を雇用し、原告自身は裁断を担当していたこと、斯業の最需要期は、毎年九月から一二月であるところ、原告の受傷により裁断ができなくなり、職人中にも裁断経験者がなかつたので、昭和三九年一〇月から昭和四〇年一月末まで、知合の裁断師訴外星野栄次に裁断と仮縫の補正との仕事のため通勤勤務させ、右各月末に合計金一一五、〇〇〇円の賃金を支払つたこと。

(3)  原告の受傷による就業不能のため、得意先は減少し、職人中退職する者も現われ、収人が減つたこと、現在原告は僅かに職人数名を使用し、下請専門の縫製業を続けているが、このような営業衰退の一因は本件事故による原告の受傷であること。

(4)  原告は被告らに対し、本件事故により原告の蒙つた損害の賠償について交渉を試みたが、被告らはこれに応じなかつたので、本件原告ら訴訟代理人弁護士両名に本訴の提起方を委任し、報酬として勝訴判決の場合認容額の一割を支払う約束をしたほか、金二万円を支払つたこと。

右事実を総合すれば、原告は本件交通事故により、通院交通費として金七、〇〇〇円、裁断師星野栄次に支払つた賃金一一五、〇〇〇円の損害を蒙つたことが明らかである。慰藉料については、原告が長期の加療を余儀なくされ、なお後遺障害を残し、肉体的精神的苦痛をうけたことのほか、本訴により原告らが営業不振による逸失利益の請求をしていない点を考慮し、特に前記(2)(3)掲記の事情をあわせ考え、入院期間中については、概月額金一二万円の割合による金一八万円、往診治療期間中については、概月額金八万円の割合による金二七万円、通院期間中については(その後の分も含め)八万円の合計金五三万円を、弁護士費用については本件訴訟の難易、以上認容額等を併考し、金八五、〇〇〇円をもつて、本件事故による損害として被告らにその賠償を求めうるものと認める。

第四、被告らの主張に対する判断

被告らは本件事故直前原告は前方の安全確認をしなかつたと主張するがこれを認めるにたりる証拠はないので、過失相殺の抗弁は採用できないし、原告の傷害が重大な結果に至つたのは、第三者の行為が介人したものであると主張するが、その立証をしないので、右主張もまた採用に由ない。

よつて被告らは各自原告に対し、通院交通費金七、〇〇〇円、裁断師への支払賃金一一五、〇〇〇円、慰藉料金五三〇、〇〇〇円および弁護士費用金八五、〇〇〇円の合計金七三七、〇〇〇円およびうち金六五二、〇〇〇円(弁護士費用を除いた合計)に対する本件訴訟送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和四二年一月二五日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による金銭の支払義務があり、原告の本訴請求は右の限度で正当であるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 薦田茂正)

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